「それでは行きましょうか!!!」
夜空に瞬く星のように輝いている目をした少年が言う。彼はココアット。書物の塔の番人をしている。劇団アリエスに脚本を届ける関係で外出することになり、心躍っている様子。書物の番人は書物の塔にいることが多く、業務の事情で中々外に出られないのだ。劇団アリエスに異変が起こっていないか、の確認も兼ねてマニ、ぷらりお、コルヴスとお馴染みの3人も同伴することになった。
「昨日とはノリが別じゃないか。」
「いや~!ありのままの自分を知っていただけて、ぼくも楽になりましたよ。3人とアルには感謝していますよ。」
満面の笑みでココアットは答える。外に出られることが嬉しいらしい。
「ココアットさん、明るい表情になってよかったです。」
「おい、マニ!それ以上は言うな!」
「わー!!マニさん!ありがとうございます!ぼく、明るくなってます?嬉しいです!」
「だから言ったんだ・・。」
書物の塔にいたココアットは、とても内気だった。だが、今の星屑の街の異変を自分で見なければいけないと最初の一歩を踏み出したのだ。本当は、心の中に眠っていただけであって、今のココアットが本来のココアットなのかもしれない、とマニは思ったのだった。
「いいじゃん? ココアットさんが元気になったなら。暗いとぷらりどうしたらいいか分かんないもん。」
えへへっ!とぷらりおも笑ってみせる。劇団アリエスは星屑の街の南側、港区にある。差し入れや自分たちのおやつも買うために洋菓子店プレルーナに向かった。
「わあ!!すごい!!おいしそう!!目移りしちゃいますねえ!!!」
「お前、もしかして、甘いものが好きなのか?」
「はい!とっても大好きです!!!普段食べられないから珍しく感じちゃうんですよね、あと洋菓子も和菓子もおしゃれじゃないですか、可愛いデザインの裏側にある歴史をたどれるなんて、ロマンあふれる食べ物ですよね!?ねっ!?」
洋菓子店プレルーナに入るなり、ココアットはさらに目を輝かせる。女の子だったかしら?と思うくらいはしゃいでいる。よほど食べたかったのだろう。すると1人の少女が近寄ってくる。
「こんにちは!あなたはお菓子が大好きなんですね、喜んでいただけて、あたしもとっても嬉しいです!」
桃色のツインテール、桃色と白の衣服、苺のような赤い瞳。まるでお菓子みたいな少女が声をかけてきた。
「えへへ、今日はケーキがおすすめですよ。でもこれからお出かけされるんですよね?だったら、持ち運びがしやすいクッキーやマカロンもいかがですか?」
にっこりと優しい喋り方で思わず心が和む。
「どうしてお出かけって分かったんですか?」
不思議に思ったマニは、声を出す。
「だって、お土産のコーナーも見ていましたし、今から帰るにしてもお昼前・・ですよね?だから帰るには早いかなあって。」
横でココアットがあたふたしはじめる。
「おい、何震えてるんだ。」
コルヴスが口を挟む。
「ぼ、ぼく!外に出て本当によかった!!だって、アステリズムの癒しアイドルのコロナさんが目の前にいるんですよ、わーお会いできるなんて光栄です!」
今度は、くるくる回り始める。
「喜んでもらえたならあたしも嬉しいです。えっと、自己紹介ですね!あたし、コロナです。アステリズムでアイドルをしながら、洋菓子店プレルーナでお手伝いしています。宜しくお願いしますね!」
「コロナさん! 私も直接会えて嬉しいです!私は、マニです。この子はぷらりお、くるくるとしているのがココアットさんで、こっちがコルヴス君です。」
「コロナさん、よろしくね!」
ぷらりおもぺこりと挨拶をする。
「えへへ、あなたはぷらりちゃん!もふもふで可愛いですね!」
頭を撫でられたぷらりおは、嬉しさのあまりほっぺたがとろけているように見えた。それを見たマニは、ちょっとだけ複雑だった。やっぱりアステリズムのアイドルだなぁ。・・アステリズム?そういえば。とマニは引っかかる。アルアートと別れる際にゼクスが言っていた言葉がよみがえる。
―アステリズムでも応援者との距離感厳重注意って注意喚起が出ていて危ないから、1人の外出は控えたほうがいいよ。
何か知っていないかな?とマニは口を開く。
「あの、この間、アステリズムで厳重注意の注意喚起が出ているって聞いたんですけど・・コロナさんは何か聞いていませんか?」
「えっと・・あたしは・・ぜくすさ・・いえ、ほとんどスタッフさんにおまかせしているので、あたしの方ではわからないんです。ごめんなさい・・」
落ち込むコロナに対して、滑り込むかのようにココアットが言う。
「コロナさん!!折り入ってお願いが!!」
「? あたしにできることでしたら・・」
「サインください!!!!」
マニとぷらりおは、あーあ。とため息をついてしまった。
コルヴスも思わず、お前なあ・・と言ってしまった。
コロナの案内で、お菓子を買いそろえた3人は店を後にして、劇団アリエスまで歩いていく。そう、今日の目的はお菓子を買うこと・・ではなく、ココアットの執筆した台本を劇団アリエスに届けること。そして、劇団アリエスで異変が起きていないかを確認すること。
「うふふ、今回のお仕事が終わったら、書物の塔にサインを飾りますよ!!」
「・・・アルアートもアステリズムで、しかも幼馴染だろう?怒らないのか?」
「大丈夫ですよ。ぼくがこういう性格なの知ってるので。」
「アルアートさんって心広いねえ・・。」
「うん。」
そうこう話しているうちに、劇団アリエスがある港区までやってきた。
すると、茶髪の女性と猫耳のメイドがしゃべっているのが聞こえてくる。
「ねえねえ!!ゆずりはちゃん!夢世界に連れてってよ!!」
「ゆめせかい? にゃーにを言っているのかにゃ? めぶにゃん!」
「だーかーらー! 夢世界にもう一回私を連れてってよ!」
「にゃんにゃんアイドルゆずりはにゃんに不可能はにゃい!って言ったけどにゃ・・
アイドルライブ以外の異世界へはお連れできにゃいのにゃ!」
大きな声で響き渡る会話。
「ねえ、あの人、夢世界に連れてってって言ってなかった?」
「言ってたな。理由ありってわけか。」
ココアットが、あの・・と言おうとしたが
「夢世界に連れて行ってもらわなきゃ・・」
「夢世界に連れて行ってもらわなきゃ・・アヤセが・・」
「夢世界に連れて行ってもらわなきゃ・・アヤセを助けられない・・」
女性の念仏のような独り言にかきけされてしまった。
あまりにも抱え込んでいる様子に耐えられず、思わずマニは。
「夢世界の行き方!!!知ってます!!!!」
負けないような大きな声を出してしまった。
マニは顔が真っ赤で、慣れない大きな声を出して少し息切れしている。
それに気づいた女性は、我に返ってこちらを見る。
「・・ごめん。頭がいっぱいで目の前にいる子にも気づかないなんて。」
「ん・・?」
女性がココアットを見る。
「あ、ココアットじゃん、こんにちは!劇団アリエスに何か御用かな?」
「メブキさんご無沙汰しています。台本を届けに来たんですけれど、それどころじゃなさそうですね。」
「そうなんだよ、今劇団アリエスがとーっても大変なことになってるの!!ココアットも呼ぼうと思っていたんだけど、ちょうどゆずりはちゃんにも会って!異世界に連れてってくれるって言うから事情を話したら無理だー!って言われて。」
「異世界じゃないにゃん。夢世界にゃ。とんだ勘違いだにゃ。」
「ゆずりはは、にゃんにゃんアイドルゆずりはにゃん。アステリズムのアイドルにゃ。覚えてくれると嬉しいにゃん。めぶにゃんが混乱しているところを止めてくれてありがとうにゃん。」
語尾ににゃんを貫き通すアイドルゆずりはもメブキが混乱している様子には困っていたようだ。
「あの・・」
詳しい事情を聞きたくなり、思わずマニはメブキに声をかける。
「あ、ごめん!ココアットと先にお話ししちゃって。
さっきは止めてくれてありがとう。
私は劇団アリエス所属のメブキだよ! あなたは?」
「こんにちは。私はマニです。この子は妖精のぷらりおで、あっちでゆずりはさんとお話をしているのがコルヴスくんです。」
マニが抱えているぷらりおをメブキは不思議そうに見つめる。
「んん?妖精?見た目はたぬき・・?」
「ぷらり、たぬきじゃないもん!あらいぐまなの!あらいぐまの妖精なの!!」
「おっと、これは失礼。色が茶色だとわからなくて。」
「ぷらりは心を洗うあらいぐまの妖精なんだよ。」
メブキとぷらりおが会話を弾ませている間に
コルヴスとゆずりはも何か話しているようだ。
「ここにもアステリズム・・。」
「ヘッドホン少年、なんでため息をつくにゃ?かわいいアイドルはお嫌いなのかにゃ?」
「いや、さっき、アステリズムのピンクのアイドルに会ったから、またかって・・。」
「ころにゃーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」
ゆずりはの大きな声が響く。
「あ、あの・・劇団アリエスに異変、なんですよね?」
話題を戻すためにココアットがメブキに話しかける。
「そうなんだよ! 今劇団アリエスの建物がおかしいことになってんの!見に来てくれる?」
「私たちもご一緒してもいいですか?」
「もっちろん!だって夢世界はぷらりおがいないと行けないんでしょ?
みんなで協力していこ!」
「おう。」
いつの間にかコルヴスが会話の輪に入る。
ゆずりはも事情を聞いたものの、仕事の兼ね合いで行けないことを残念がっていた。
「今回は残念だけど‥まあ、大声出してすっきりしたことだし、ゆずりはにゃんは次のMCのお仕事に向かうのにゃ!夢世界探索、応援してるのにゃ!またね!なのにゃ!」
ゆずりははメブキたちを見送り、自分の仕事場へ向かっていく。
歩いていくと見た目こそは変わらない劇団アリエスの建物が見えてくる。
「みんな、中に入ってもびっくりしないでね。」
メブキが扉に手をかける。
扉を開くとそこは、現実とは思えない空間になっていた。